13話 表現の場所を求めて(2006/12/20)
 

なぜ広い世界で自分は鯛焼を焼いているのか? 不思議なことを考えることがあります。
鯛焼というのは型に生地とあんこを詰めれば基本的には同じ物が出てきます。

私が鯛焼のように同じものをいくつも作るということを覚えたのは
小学校1年のときに塗り絵をトレーシングペーパーに写し取ったことが始まりです。
絵のセンスのない自分にとってそれはちょっとした漫画家気分を味わえる方法であり、
また意外と好評だったため友達にあげたり、時には5円とか10円とかお代をもらっていました。

小学校5年のときに社会で伝統工芸を取り扱ったときに職人の仕事を知り、
漠然とかっこいいなぁと思ったことがありました。
一丁焼=伝統工芸ということで関係あるというと大げさなのでやめておきます。


そんなことが今の仕事と関係なくもないと思えます。


それと今考えると昔から少し変わっていて何か地味に目立ちたいと思うような子供でもありました。
人から変わっているねと言われるのが内心好きでした。
そんな人間ですから人とちょっとリズムが違うのでしょう。
大学を出てそこそこの会社に勤めましたが
何かもっと人に身近な仕事で喜んでもらいたいと考えるようになりました。
東京へ通う毎日の中で自分の住む町で仕事がしたいというのもありました。
それで紆余曲折あって都内の鯛焼屋の三代目のもとで働き、
茅ヶ崎に戻りこなひき洞で働きながら今の準備をしてきた次第です。

現実は思っていたより厳しいこともありますが、
自分が1から作ったものが お客さんに「おいしかったよ」と言われるのは
相変わらず嬉しいことですし、さらに喜んでもらえるよういろいろともがいているところです。

今やっていることは鯛焼を焼けるということには満足していますが、
全体としては1%も満足していませんし店を構えて信用を得て、
もっと格好よく仕事がしたいです。

譲れないことは鯛焼に関しては小豆の餡子だけということです。
後は餡子が食べられない方のために別の和菓子をいろいろ考えてます。
今出せない商品もあるので早く陽の目のあたるところへ出してあげたいです。

そんな風に表現の場を求めてこのはは毎日少しずつ進んでいきます。



※※※2007/11/20追記※※※

実に自分のことをうまく分析しています。

他には何もない人間です。鯛焼・・・これを軸に幅を広げていきます。